ロンドン、イギリス海峡、モスクワ、ゼビーリャ、パリ、イスタンブール。
六ヶ所で起こった人類軍対『六王権』軍との死闘は全ての地区で『六王権』軍の全滅で終わった。
これにより各地では残党の掃討戦と各地の解放戦が並行して行われる事になった。
最も、掃討戦、解放戦と言っても人類軍を迎え撃つ『六王権』軍は皆無と言っても良く、(散発的に死者が単体で襲撃を仕掛けただけでこれらは直ぐに殲滅された)解放するべき人々などゼロであったが。
そんな風に順調に進軍を続ける人類軍を見下ろす空にはいつの間にか星空と月がこうこうと照らしていた。
六十八『象徴』
『闇千年城』、謁見の間、動く事も無くだが生き物をたやすく仕留められるほど濃密な殺気の中で志貴と『六王権』は静かに対峙していた。
だが、それも不意に終わりを迎える。
いつの間にか六色の宝玉のようなものが『六王権』の周囲を浮遊していたのだから。
「っ・・・そうか、逝ったか『六師』よ」
今まで変える事のなかったその表情が初めて歪んだ。
悼むような惜しむようなそれでいて誇るような・・・
「長きに・・・永きに渡り我が側近として良く勤めてくれた・・・お前達には感謝の言葉も見つからん・・・お前達の最期まで私に尽くしてくれたその忠に報いる為にもまだ止まる訳にはいかん」
そう言うや宝玉が次々と『六王権』の体内に呑み込まれその度に荒れ狂うような力が『六王権』に注ぎ込まれる。
(主よ)
(言われなくてもわかっているよ。幻獣王の力が『六王権』に入り込んでいるのだろう?)
(御意)
(主よご注意を。全ての幻獣王の力を得た『陽』殿の力は格段に跳ね上がります)
「さあ今度こそ始めよう『真なる死神』、私は歩みを止める事は出来ぬ。歩みを止めるにはあまりの多くのものを背負った。止めたくばお前の力の全てをもって止めてみせよ!」
「言われなくても止めるさ。守りたいものを守る為にも」
志貴は『七つ夜』か改めて構えるや今度こそ疾走を開始する。
既に『直死の魔眼』を解放して。
遂に戦いが始まった。
その頃、『血鍵闘技場』では剣と影の軍勢による総力戦がなおも続いていた。
その戦況は一進一退、全く均衡が崩れる気配はない。
剣の軍団が影の領域に飛び込めば、影の軍勢がその全てをもって相手を駆逐し、影の軍勢が剣の世界に土足で踏み込めば剣の軍団が悉くを殲滅させる。
時折痺れを切らせたように
「吹っ飛べ!猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)!」
士郎が宝具を解放、宝具の一団が影の軍勢を薙ぎ払い本丸を落そうとするが
「防げ!」
『影』の一言で現れる英霊部隊が悉くを薙ぎ払い防衛する。
また逆に
「駆逐せよ!」
『影』の号令と共に行われる英霊部隊の突撃は無尽蔵の剣の盾に動きを一端止められ、その隙を突く様に
「交差する絶望と希望分かつ運命の裁断(スパイラル・フェイト・ブリンガー)!」
光と闇の螺旋が何もかも消し去っていく。
お互いに決め手を完全に欠いた死闘はまさしく千日手の様相を見せつつあった。
しかし、それは意外にも終わりを迎えようとしていた。
『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)』、『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』双方とも同じ固有世界。
その能力も影と剣違いはあるが不特定多数の連続招聘、全く同じものだが、一つだけ違いがあった。
それは持ち主の技量。
当然だが『影』が未熟なのではない。
億を超える影の軍勢を従え操るその手腕は超一流、そう呼ばれるにふさわしい。
しかし、それに相対する士郎もまた億を超える剣の軍団を従え共に行く。
その腕前もまた超一流。
しかし士郎と『影』、この二人の間には一つだけ大きな差があった。
それは
「猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)!大神宣言(グングニル)!」
宝具の使用の練熟度。
あらゆる並行世界を歩き、その手腕を鍛え上げ、己の信ずる道を突き進み続けたその手腕はまさしく鋼の如く。
決して『影』のそれは士郎に劣っている訳ではない。
しかし、影を操るだけの手腕と剣を操るに加えて宝具をも自在に使いこなす二つの手腕、それがぶつかった時どちらが有利になるかと言えば間違いなく後者である事は疑うよりもない。
それを現すように境界線こそ中央のままだが、影が剣を攻め立てるよりも剣が影を攻める回数と時間が多くなっていようとしていた。
それは『影』も察しているのだろう、その表情には焦りの色が見え隠れしている。
これで士郎が油断なり慢心をすれば『影』にも勝機があるだろうが、ある意味合わせ鏡にも等しい二人だからこそ分かる。
お互いにそのようなものとは無縁の極まりである事など。
だからこそ耐える。
時が来るまで、あそこに着くまで。
剣軍を次々と影の領域に侵攻させ、宝具を十単位で真名解放し、休ませる事無く次から次へと叩き込み続ける。
第三者から見ればやり過ぎと見えなくもないだろう。
しかし当事者、特に攻めている士郎からしてみればこれでも不足していると肌で感じ取っていた。
士郎自身も信じがたい思いだったが、それでも士郎は自分の直感を信じた。
と言うよりも目の前の敵を信じたと言えるかもしれない。
奇妙な言い回しだが己の直感よりもそれを信じる方がまだ現実的だと感じたからだ。
そんな思考とは裏腹についに剣軍は『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』の砦の数々を陥落させ、徐々に少しずつ押しているはず。
なのに不安は消えない。
むしろさらに大きく膨れ上がる。
そして『影』は遂に『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』の最深部、影の居城にまで追い込まれた。
『影』を助けようと砦から影の軍勢が出てこようとするがそれを剣軍が出てくる前に叩き潰して出すことを許さない。
勝負は遂にあったかに思えた。
しかし、士郎ははっきりと見えていた。
この状況下でも尚、笑う『影』の姿を。
『影』が笑う理由、それは追い込まれた場所がここだったからだ。
もしも追い詰められた場所が違っていれば彼は全てを諦めざる負えない筈だった。
彼が真に切り札に頼むもの、それの使用には複数の条件をクリヤする必要があった。
まずは固有世界を展開する事、そして一定時間を展開し続ける事。
最後にこれが一番重要な事であるがこれを展開、さらに使用出来る場所は極めて限られ居城、それも正門の周囲数メートルのポイントだけ。
かつてエミヤとの戦いでも彼は展開するのにさりげなく場所を正門手前まで誘導していた。
だからこそ最後にあれを発動出来た。
全ての条件は既にクリヤしている。
もはやここから一歩と動く事なく敵を士郎を撃滅する。
一方士郎は追い詰められても尚浮かべる『影』の不敵な笑みに不吉な予感がなんなのかそれを認識した。
完膚なきまで、反撃の余地もなく叩き潰さなければ潰されるのはこちらだと。
「剣軍総攻撃!猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)、大神宣言(グングニル)、刺し穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)、轟く五星(ブリューナク)!」
その予感の赴くままに士郎は展開している全ての剣軍を更にありったけの投擲宝具の真明をも開放、それを全て『影』ただ一人に叩き込む。
対軍所か対城レベルの火力、しかし、結果論だけで言うならば、これでもまだ不足と言えるかもしれなかった。
星が作っただの、神が生み出しただと言っても、それらは全て人が使う事を前提にして生み出されたもの。
所詮は人が使うそれと神が使う事を前提に作り出されたそれとでは、超える事の出来ない大きすぎる隔たりがあるのだから。
人が生身で空を飛べないように、深海で生きられないように。
「・・・・・・・(影の王位はここに受け継がれる)」
その何語ともつかないそれを『影』が口にした瞬間、影の居城が崩壊し『影』の前で再構成される。
影で創り上げられたステッキとも言えるそれに。
無言でそれを握りしめ、全てに破滅を絶望を与えるそれを口にした
「・・・影の王位にて受け継がれし覇者の杖(ロード・オブ・シャドー)」
一方その頃、『闇千年城』城門前には、アルクェイド達『七夫人』とレン・レイ、アルトリア・メドゥーサ、凛達が集結していた。
理由など書くまでもないが志貴、士郎の身を案じての事である。
本来であれば各地の解放に向かう為、全員の戦力は必要不可欠の筈であるのだが、ここにきて人間の縄張り意識と功名争いに火が付き、各都市の最終決戦で戦功を上げた彼女達は後方に追いやられた。
最もそれで沈むはずはなくむしろ公然と志貴、士郎の援軍に向かう事が出来ると内心ほくそ笑んでいたが。
ちなみにセタンタ・ディルムッドは『風師』・『炎師』との死闘の傷は当然ながら直ぐに癒える筈もなく、いったん休息を取り、バゼットはそのお目付け役、イスカンダル・メディア・宗一郎はセビーリャ防衛の要請(の名を借りた封じ込め)を了承し、ヘラクレス・エミヤ・ランスロット・ギルガメッシュは『水師』・『地師』戦の傷を癒す為とパリ防衛を兼ねて待機、セラ・リーゼリットは補佐に回り、メレム、エレイシア、フィナはイスタンブールに残り青子・ゼルレッチ・コーバックはもはや自分達に出来る事はない、後は志貴と士郎に全て任せると告げて、戦場から立ち去っている。
それを言えばアルトリアもまた無事である筈はないのだが、士郎の無事を確認したいの一審で疲労困憊の身体に鞭を打って同行する事になった。
『闇師』が討ち取られた事で欧州を制圧していた『封印の闇』がようやく解放、転移も可能となる同時に、彼女達も動いていた。
すぐさま集合するやGPSなどを駆使して志貴達が乗っていた車の場所を確認、この場所、つまりヴィースの巡礼聖堂に集合していた。
既に志貴と士郎が乗ってきたであろう車も発見し既に二人はここに到着しているであろう事も確認済みだ。
今は二人一組になって『闇千年城』の入り口を探している。
「間違いないわね。お爺様が言っていた外観も完全に一致している。これが『闇千年城』・・・」
「厭味ったらしいくらい私や姉さんの城と似ているわね。それとも私達の城がこれに似せたのかしら?」
「さあ?でもどっちでも良いんじゃない?」
「それもそうね」
そんな事を言っている内に城の外周を一周し終えたが、どこにも正門は 見つからない。
それはあちこちを探していたほかのメンバーも同じだったようだ。
「駄目ねどこにも見当たらない」
「隠し通路とかあるかもって探してみたんだけど・・・」
「ですが志貴と士郎がここまでたどり着き車にも誰もいない・・・であるならばすでに城内に二人がいる事は明白です」
火傷の手当を終えて白い包帯で覆われた右手を顎に当てて思案に暮れながらシオンが言う。
「では二人は一体どこから・・・」
とその時、アルクェイドの髪が一気に伸び、その空気も一変した。
「!!な、何!」
「・・・案ずるでない宝石の力を借りし娘達。我はお主らに手を下す気はない」
そう言って空気が一変したアルクェイドはどこか懐かしそうにそれでいて痛ましげな感情をも浮かべ『闇千年城』をただただ見つめ続ける。
「・・・たわけが・・・我は確かに貴様に勅を下した。だが、ここまで長きに渡り勅を守れと言った覚えはないぞ・・・」
そう、何かに呟くとアルトルージュ達にその視線を向ける。
「城内に入る術を探しているようじゃが、無駄骨じゃぞ」
「・・・影の王位にて受け継がれし覇者の杖(ロード・オブ・シャドー)」
その言葉を耳にした直後士郎は何が起こったのか全く理解していなかった。
しかし、その身体は・・・・長きに渡り死線を掻い潜ってきた本能はいち早く行動に移った。
らゆる剣を用いて何重もの防壁を作り出し、後退を始める。
しかし、士郎の決死の後退をあざ笑うように次々と剣の防壁が突破されていく。
いや、それだけではない。後退する直前確かに見た。
投擲された無数の剣と宝具、それが次々とあのステッキを持った『影』が手を振り回しただけで砕かれ切り裂かれる。
性質の悪過ぎる悪夢を見ているような心境だった。
『影』ただ一人に向けて撃ち出された剣と宝具の数は百にも届く。
それが次々と片っ端から打破されたのだから。
しかもその余波はこちらにも及ぶ。
どれだけ防壁を重ねてもその勢いは衰える事無く次々と貫き打ち砕き士郎に明確な殺意となって肉薄してくる。
しかし、そこに姿はない。
殺意はひしひしと感じるが姿はどこにも見えない。
見えるのは突破された剣の防壁と床と・・・不自然な影・・・
(影?・・・影だと!)
その時、士郎が思い浮かんだ事、それは確信ではなく直感めいたものだった。
だが、士郎はそれを信じた。
剣の防壁を五重に作り上げるや、今度は動く事なくその場で何を待ち構える様に目の前の防壁を凝視する。
やがて、防壁は紙よりもたやすく次々と突破され、最後の防壁が破壊される寸前、士郎は迷いなく左に向かって跳躍する。
それを同時に防壁は破壊され一直線に突き進む妙に細長い影が士郎の視線に入った。
完全にかわしきったように思えた。
しかし、その妙な影が士郎の右足の影にわずかに接触した瞬間、士郎の右足すね部分が横一線に切り裂かれた。
「!!」
完全にかわしたと気を僅かながらに緩めた瞬間だからこそそれは士郎に思わぬ動揺を与えた。
動揺と思わぬ激痛に声にならぬ声を発して床を転げまわる。
幸い傷はさほど深くはない。
(だがなんで・・・あの影が実物を破壊していたんじゃ・・・)
「かわしきったか。さすがだな『剣の王』初見でそれだけの傷で済ませるとは」
心底から敬意を表す声を発したのは『影』だった。
「俺はこいつを『影の王位にて受け継がれし覇者の杖(ロード・オブ・シャドー)』と呼んでいる」
「『影の王位にて受け継がれし覇者の杖(ロード・オブ・シャドー)』・・・?宝具なのか?」
『影』の手に握られたステッキを解析しようとするが出来なかった。
「へ?」
情報量が多すぎるのではない。
情報を得る事を拒否したのだ。
他ならぬ士郎自身が。
自分でも予測外の事に声を失う。
情報量が多すぎて壊れそうになった事はあった。
情報を得る事自体を拒否した事は初めてだった。
「これは・・・一体・・・」
「言っておくがこいつは宝具ではない。こいつはおそらく俺が天より授けられた俺だけが持つ事を許された力・・・これは人か人でないものかの境界線に立つ物」
既に『影』は 死徒である以上厳密には人ではない。
しかし『影』が言っている事はそのような事ではない。
士郎は確信していた。
解析を拒否した時点であれは宝具とは一線を画したものだと言う事を。
同時に、あれがなんなのかと言う事はおおよその見当はついていた。
あれの解析を拒否した時点であれの正体がなんなのかはわかっていた。
しかし、どこかで士郎は認める事を拒否していた。
理由もわかっていた。
恐れていたのだあれの正体が士郎の想像通りだとすれば・・・
だが、それを
「お前も行きついているのだろう・・・俺と同じく人と人でない境界線を」
『影』はただ一言で指摘し、士郎の躊躇いを木端微塵に粉砕した。
「!・・・ああそうだな」
これ以上、自分に対するごまかしは出来そうになかった。
「お前・・・『影の王』、行きついたのかよ・・・『象徴(シンボル)』まで」
「そうだ、こいつは影の『象徴(シンボル)』俺が影の代理人として認められた証」
数か月前メディアが士郎に教えていた代理人、そして『象徴(シンボル)』。
それを手にした最強の人間が今、士郎の目の前に立っていた。
「影に対する干渉能力か・・・」
「干渉と言うよりも支配だな。現状俺はこいつを破壊にしか使っていないが、やろうと思えば影をあらゆる事を行う事が可能だからな・・・で、『剣の王』、先程の俺の質問まだ答えていなかったが」
「・・・」
認めるしかない。
そして踏み込むしかない。
明確に手にした時、士郎を待ち構える未来は確定する。
だが、それでも守ろうとするものがあるのならば・・・助けたいと願う人達がいるのならば・・・踏み込もう。
静かに士郎は玉座まで後退する。
おもむろに手をかざし、士郎はわずかな躊躇を超えてその一文を口にした。
「お前への質問の答えはこいつをもって返答にしよう・・・・・・(そして王は神より報奨を賜った)」
剣と影、二人の王の戦いは遂に終局へ向かう。